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目次 1. 軍国主義教育の高専時代 2. 通信制・定時制への挑戦と薬の副作用 3. 四日市から津へ、命がけの高認受験 4. 49歳で高認取得、それでも「中卒扱い」 5. だからこそ伝えたい「高校は出ておくべき
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<p></p>
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<p>目次</p>
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<p>1. 軍国主義教育の高専時代</p>
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<p>2. 通信制・定時制への挑戦と薬の副作用</p>
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<p>3. 四日市から津へ、命がけの高認受験</p>
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<p>4. 49歳で高認取得、それでも「中卒扱い」</p>
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<p>5. だからこそ伝えたい「高校は出ておくべき」</p>
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<p>1. 軍国主義教育の高専時代</p>
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<p>私は現在59歳だが、学歴は「中卒」扱いのままだ。若い頃、進学したのは県内でも特に厳しい軍国主義教育を行う5年制の高等専門学校だった。</p>
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<p>朝7時の起床から始まり、800m走、ラジオ体操、乾布摩擦。そこから夕方5時まで8時間の授業を受けるという、まさに規律一色の生活。さらに全寮制の寮では、殴る蹴るの暴力が日常的に繰り返されていた。幸い歯は折れなかったが、身体にも心にも深い傷を負った。</p>
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<p>結局、私はこの高専を途中で辞めた。だが、そこから学び直す道のりは決して平坦ではなかった。</p>
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<p>2. 通信制・定時制への挑戦と薬の副作用</p>
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<p>高専を辞めた後、私は学歴を取り戻そうと通信制高校に通い始めた。しかし、持病の薬の副作用がひどく、思うように勉強が続けられなかった。その後、定時制高校の門を叩くも、やはり体調が安定せず、ここでもうまくいかなかった。</p>
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<p>学びたい気持ちはあるのに、思うように進めない。焦りと悔しさを抱えながら、結局高校卒業の資格を得ることなく、社会に出ることになった。</p>
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<p>3. 四日市から津へ、命がけの高認受験</p>
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<p>それでも私は諦めなかった。46歳のとき、独立を機に再び学び直す決意をし、「高等学校卒業程度認定試験(高認)」を受けることを決意した。</p>
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<p>試験会場は津。四日市から津まで、片道50km以上の道のりを、私は原付で走った。夏の暑さ、冬の寒さ、雨の日も風の日も、転倒すれば命を落としかねないような過酷な道のりだった。</p>
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<p>試験当日、体調が悪化すると、試験監督の方が「特別室で受けますか?」と案内してくれたこともあった。しかし、それでも試験を受け続けるのは難しく、途中でタクシーを使って四日市まで帰ったこともあった。</p>
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<p>それでも、私は諦めなかった。そして、4年かけて、49歳でようやく「高校卒業程度認定」を取得した。</p>
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<p>4. 49歳で高認取得、それでも「中卒扱い」</p>
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<p>ようやく得た「高校卒業程度認定」。これで人生が変わると思った。だが、社会の現実は甘くなかった。就職活動をしても、企業からは「高卒」ではなく「中卒」扱いされてしまったのだ。</p>
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<p>履歴書の「最終学歴」に高認を書いても、「高校卒業資格」として認めてくれる企業はほとんどなかった。結局、私は新聞配達の仕事をすることになった。</p>
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<p>5. だからこそ伝えたい「高校は出ておくべき」</p>
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<p>49歳で学び直して得た資格が、社会では中卒扱い。それが現実だった。</p>
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<p>だからこそ、私は今の若い人たちに強く伝えたい。「高校は出ておいてほしい」と。</p>
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<p>高卒資格があるだけで、選べる仕事の幅は大きく違う。自分の可能性を狭めないためにも、どんな形であれ、高校だけは卒業しておいてほしい。</p>
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<p>私の経験が、誰かの学ぶ意欲を支える一助になれば幸いだ。</p>
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