「毎日ふりかけ」…そう、思い出すのは、お金がなくて、本当にふりかけばかり食べていた時期のことです。 あの頃は、食事のたびに「またふりかけか」って、正直、気持ちが沈むこともありました。食卓を豊かにする
「毎日ふりかけ」…そう、思い出すのは、お金がなくて、本当にふりかけばかり食べていた時期のことです。
あの頃は、食事のたびに「またふりかけか」って、正直、気持ちが沈むこともありました。食卓を豊かにする工夫なんて、考える余裕もなかったんです。ただただ、目の前のふりかけご飯を食べていました。
そんな日々の中で、ふと頭をよぎったのは「貧乏な時代」という言葉でした。でも、実はもっと遡ると、幼い頃にもっと大変な経験があったんです。
「米もなかった幼い日」…今考えると、それは本当に大変なことだったんだなって思います。でも、当時の私には、それが当たり前の日常でした。子ども心には、それが「普通」だったんですよね。
大人になって、あの頃を振り返ってみると、一つ気づいたことがあります。
それは、「貧乏が我慢しやすい」ということ。
幼い頃に、食べるものがないのが「普通」だった経験があったからこそ、今の私はどんな状況でも、少しのことなら「まあ、大丈夫か」って思える強さを持っているのかもしれません。
この「我慢しやすさ」は、大人になってから、特にお金がない時に本当に役立っています。
例えば、急な出費でお金がピンチになっても、昔の経験があるからか、変に焦ることがありません。
「まあ、なんとかなるだろう」って、気持ちの面で落ち着いていられるんです。
あのふりかけご飯の日々も、米がなかった幼い日も、決して楽なことではありませんでした。でも、その経験があったからこそ、今の私は、どんな困難にも冷静に向き合い、乗り越えることができるんだなって感じています。
この経験は、私にとって、かけがえのない心の強さになっているんだなと、改めて思います。