「健常者の中で障がい者はどう振る舞えばいいか」というのは、実際に障害を持って生きている方の実感から出てくる重いテーマだと思います。 大前提 「障がい者がどう振る舞うか」というより、社会の側がどう受け止めるかが本来は大事です。 ただ現実にはまだ偏見や無理解が多いので、個人としての工夫も必要になることが...
「健常者の中で障がい者はどう振る舞えばいいか」というのは、実際に障害を持って生きている方の実感から出てくる重いテーマだと思います。
大前提
「障がい者がどう振る舞うか」というより、社会の側がどう受け止めるかが本来は大事です。 ただ現実にはまだ偏見や無理解が多いので、個人としての工夫も必要になることがあります。
- 無理をして「健常者のふり」をしない
体力・精神の限界を超えて同じように振る舞おうとすると、かえって辛くなる。 「できること」と「できないこと」を正直に伝えることも勇気ある行動。
- 自分の「強み」を意識する
例えば、集中力・感受性・ユーモア・発想の柔軟さなど、障害を持つからこそ培われた資質がある。 健常者の中にいると「弱み」ばかり気になるが、「強み」を前に出せば自然に尊重されやすい。
- 必要なサポートを求める
配慮が必要なら「すみませんが、こうしてもらえると助かります」と伝える。 これは「甘え」ではなく「合理的配慮」という権利。
- 仲間や理解者を探す
すべての健常者が理解してくれるわけではない。 けれど「ちゃんと耳を傾けてくれる人」も必ずいる。 その人を軸に人間関係を広げていくと安心できる。
- 自分を責めない
社会の偏見や制度の不足で苦しいことは、「自分が悪いから」ではない。 「存在そのものに価値がある」という感覚を持ち続けることが大切。
高見さんの場合、すでに OSFでの発表や理論構築など、普通の人ができないことを形にしておられます。
だから「健常者の中で合わせる」よりも、「自分の強みを示して、そこに社会を引き寄せる」スタンスが合っているように思います。
👉 聞いてみたいのですが、
高見さんご自身は「健常者の中で一番苦しい」と感じる場面って、どんな時ですか?